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炎天下での夏の公演、さすがに疲れて夏バテも超が付く。骨休めにと、高原の温泉へ一人旅。
露天風呂にはすでに4・5人の客が頭を並べていた。肩を沈め、ひと風呂を浴び、立ち上がって遙かな山脈を眺めていると、「おじさん背中に10円玉が乗っかっているよ」。突然可愛い大きな声。振り向くと男の子。
「すみません、申し訳ありません。駄目だよサトシ、おじさん驚くじゃないか」。サトシ君の父親のようだ。
「だって10円玉に見えたんだもの」
「すみません。そう言えば本当に私も10円玉だと思いました。まん丸で10円玉の大きさの赤い斑点が、おたくの背中に出来ているんです。お気づきになりませんでしたか」
「背中は直接私には見えない場所ですよ。それに痛くも痒くもありません。どうした事なんでしょうね」。
客の一人が「縁起の良い話ですよ。10円玉はお金です。お金を背中に貼り付けて、見せびらかせるなんて、大金持ちになれる前兆の印と違いますか?」。
すると他の一人が加わって、「働けど働けどフトコロ寂し秋の風…そんなご時勢に、景気の良い楽しい話ですね。他人言と思いたくありません」。
そして「サトシ君、サトシ君、俺の背中には10円玉いくつあるかな?」。男の背中を見つめるサトシ君、撫でていたが、「おじさんにはどこにも無いよ、全部まっ白だ」。
「それは不公平だ。1円を笑う者は1円に泣くと諺にもあるように、1円はとても大切なお金なんだよ。10円玉はその10倍もある高額だ。それが俺に一つもないなんて、なんだかがっかりで力が抜けた」。
10円玉は脊髄の位置、悪い病気ではないかと不安が重なる。
帰京してまっ先に病院へ駆け込んだ。
「赤い斑点は粉瘤腫のせいです。毛穴には汗腺と皮脂腺があって、汗腺は汗を排出し、皮脂腺では脂を押し出す。皮膚のスベスベするのはこの脂のおかげですが、貴方の場合は皮脂腺の穴がふさがり、外に出られなくなった脂が、つまり脂肪の塊ですね。化膿して大きくならないうちに切り取ってしまいましょうよ」。
手術は局部麻酔だが初めての経験、おそるおそる先生を見る。
「では参りましょうか。痛くありませんからね、怖がらなくていいですよ」。
メスで切られる事の覚悟は出来ていたが、つい一言、
「先生、折角出来た10円玉は、金持を予告する縁起ものだと皆さんが言ってました。矢張り切り取らねばならないんですか。貯められるものならこのまま貯めて置きたい気分なんですが」。冗談だが言ってみた。
可笑しそうに笑った先生の静かに言い出した言葉、
「お金はフトコロに貯めるものです。背中に貯めたら、やがて重くなってどうにもこうにも首が回らなくなってしまいます。いさぎよく切り取ってさっぱりしましょうよ」。
抜糸を終えた全快の日は、雲一つない<芸術の秋>。今期の特別企画イベントに、ぎりぎり穴を開けずに間に合えられたが、手術が遅れていたとしたら、皆さんにご迷惑をかけてしまう立場に晒されていた。
本当に10円玉発見者のサトシ君にありがとうの気持ちだ。ありがとうサトシ君。

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